【NBA】永遠の英雄コービーブライアント【伝説のスコアラー】

【NBA】永遠の英雄コービーブライアント【伝説のスコアラー】

1月26日コービーブライアントが 搭乗中ヘリコプター墜落の為亡くなりました。

コービーが残した記録や記憶はみんな忘れないであろう、そうゆう伝説の選手だと思います。彼のプレイを見てバスケを始めた人、好きになった人は数多くいると思います。

今回は追悼の意味も込めて彼がNBAでどれほどみんなに影響を与えたかを記事にしたいと思います。

レイカーズの英雄コービー・ブライアント

コービーのポジションはSGで17歳からNBAに入り20年間レイカーズで活躍したプレイヤーです。

近年スーパースター選手が同じチームに居続けるのは珍しいですが、コービーは生涯をレイカーズに捧げました。キャリア初期の時代には背番号「8」をそして後期には背番号「24」を付けます。

レイカーズではこの「8」と「24」は永久欠番になっており、NBAで二つの背番号が永久欠番になるのはコービーだけです。

NBAチャンピオン5回、シーズンMVP1回、ファイナルMVP2回、18年連続オールスターゲーム選出、歴代最多のオールスターMVP4回、得点王2回、NBA歴代2位の1試合81得点の記録などなど、様々な記録を残したスーパースターです。

攻撃型スコアラーですが、守備も大変上手でNBAオールディフェンシブチームにも11回選ばれています。1stが9回、2ndが3回と守備がどれほど優秀なことがよくわかります。

5回もチームを優勝に導くリーダーシップ能力や攻守に活躍するコービーは間違いなくレイカーズのスーパースターです。

伝説のシャック・コービーコンビ

コービーのキャリア初期では伝説のセンター「シャキール・オニール」とコンビを組み驚異的な強さを見せつけました。

その強さはファイナル3連続制覇という偉業を成し遂げ、若くしてコービーはNBAのスーパースターに仲間入りしました。特に2連覇をしたシーズンではプレーオフで1回しか負けないという強さを見せつけました。この時その1回勝利したのが、あのアレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア・セブンティシクサーズでした。

シャックはNBA屈指のセンターのスーパースターでしたが、コービーとの仲は次第に悪化し祈願の4連覇にはなりませんでした。

そしてシャックが去り伝説のコンビも解散します。

レイカーズの絶対的エースとして

シャックが去った後はレイカーズの絶対的エースとして活躍をしました。ですが、シャックの穴は大きくプレーオフを制することがなかなか出来ませんでした。

2005-2006シーズンでは1試合81得点を記録し、歴代2位の記録も作りました。このころのコービーの得点能力は驚異的なもので、翌年のシーズンには1シーズンで50点試合を10回も記録するなど大活躍をします。

そして、2008-2009シーズンでコービーはレイカーズを再び優勝に導き、念願のファイナルMVPも獲得します。これはシャックがいないレイカーズでも優勝できることを証明した瞬間でした。

シャックもこの時コービーに祝福のメッセージを出しており、徐々に仲はよくなっていきます。

翌年には2連覇を達成しますが、徐々にコービーは負傷を抱えてしまい存分にプレーをすることが困難になっていきます。

伝説の引退試合

2015-16シーズンがコービーにとってラストシーズンとなりました。そして引退試合のユタ・ジャズ戦でコービーは最後の伝説を作りました。

この日レイカーズはひたすらコービーにパスを出します。これはNBA屈指のスコアラーの最後をファン、そして選手達が望んだ結果でした。試合内容よりもコービーの最後の勇姿を見たいとの思いを叶えてくれました。

満身創痍でもあるコービーは最後の力を振り絞りひたすらシュートを狙いにいきました。

試合が始まる前、盟友シャックは「 50点取ってこい」と言っています。ですが37歳でもあるコービーは「そんなの無理だよ」と流していました。

ですがコービーはこの日奇跡を起こします。

コービーは現役引退試合でキャリア6度目となる60得点を記録し、NBAの最年長記録を大幅に更新しました。この記録はウィルト・チェンバレンが記録した32歳60得点を遥かに更新する大記録になります。

試合内容も残り3分で10点差からの大逆転と歴史に残る試合となりました。この最後のコービーのプレイはみんなが記憶に残るそんな最後だったと思います。

シャックはこの時「コービーに試合前に50点取れって言ったんだけど、あのクソ野郎60点取りやがった。」と言っていましたが、あのクソ野郎と言っているシャックにコービーへの愛情を感じてしまいますね。

ジョーダンの後継者コービー・ブライアント

バスケットボールの神様マイケルジョーダンと常に比較され続けたのがコービーブライアントでした。

彼のプレイスタイルなどジョーダンと似ているところが多々ありジョーダンをリスペクトしてることがわかります。

ジョーダンが1on1ではコービー以外には負ける気がしないと言っているようにコービーを認めており、コービー自身も「1on1では誰にも負ける気がしない。 もし俺に勝てる選手がいるとすれば、彼は98年にユタでラストショットを決めて引退したよ」と語っています。

このユタでラストショットを決めて引退した人物はジョーダンであり、互いにリスペクトしあっていることがよくわかるエピソードです。

突然の死去に全世界がコービーを追悼

1月26日にコービーがヘリコプター墜落事故のため死去しました。あまりにも唐突なニュースは世界を震撼させ、全世界のファン、NBA選手、各界の有名人いろんな人がコービーに追悼のメッセージを送りました。

それほどコービーが残したものは大きくいろんな人がコービーを愛していたからです。

そしてマーベリックスはコービーの背番号「24」を永久欠番にも決定し、各試合では背番号「8」と「24」を称え、意図的に8秒バイオレーション、24秒バイオレーションして敬意を表しました。

コービーが残した数々のスーパープレイ

今現役NBA選手の多くが影響を受けたのがコービーだと思います。

子供のころ彼のスーパープレイを見て育った人も、そしてコービーと対戦して多くを学んだ人も数多くいます。

そんなNBAでいろんなものを残してくれたコービーのスーパープレイを振り返ってみんなの記憶に残しましょう。

そして、将来コービーの意思を継いだプレイヤーが出てくるを願っています。

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